プロフィール

 

こんにちは!にゃも(@Shohei192)です。

にゃものプロフィール全てまとめているので、こいつ一体何者なんだと思った方はご覧ください。さっと読めば、3分程度で読み切れる内容となっています。

幼稚園~高校生のにゃも

東京都中野区出身。
幼稚園から小学校4年生までは親の都合で埼玉県の奥地に住んでいたぼく。
くっそど田舎で友達とサッカーして遊ぶ毎日だった。

小学校4年生になり東京に引っ越して、東京カースト制度に気づく。
こんなにもくっきりと友達のグループがはっきりしていることが田舎にはなかったため
衝撃を受ける。
しかし、持ち前のポジティブな性格ゲーム好きが功を奏し、幅広い友達に恵まれた。

小学校、中学校、高校の頃は友達の家で、ゲーム漬けの毎日。
片親の家をすみかにしては居座り続ける典型的な東京カースト下位グループ。
学校では授業を受けず、ゲームボーイ、コミックブックスを読みふける日々。
どう考えても、優等生の部類ではなかった。

どれくらい優等生でなかったかと言うと、
読書感想文はファイナルファンタジーの感想を書き続けてた。
セブンもエイトもナインもテンも感想文書くの超難しかった。

それでは成績も悪かったのかというとそうでもない。先生の授業をフルシカトして自分のペースで教科書を読み自主勉したため、成績では小中校一貫して、上位5~10%だった。

この教科書勉強法で、自分で勉強してわからないことはないという自信自分で考える力がついた。親からのお小遣いは雀の涙程度だったため、トレーディングカードを売って生計をたてていた中学時代。ぶっちゃけ、財政はハードモードだった。
遊戯王マジックザギャザリングがなかったら、とっくに文無しになっていた。
楽してお金を稼ぐことの喜びと、先行者利益を初めて知ったのはこの頃。

150円で売っているパッケージから、レアカードであるマジックマジシャンを引当て3000円で買い取ってくれた東中野のドラゴンというトレカショップは一生忘れない。

中学生の分際で日当で5千円~1万円稼げていた。
どうやって稼ぐかはGoogleで「トレカ サーチ」で調べると出てきますので知りたい方はどうぞ。

大学時代のにゃも

大学には行きたくなかったのだが、親と先生に説得され行くことに。
このときのぼくにはまだ親からの意見を断固拒否できるパワーが足りなかった・・・。
受験はしたくないので、サクッと推薦で入れる青山学院に出願し、合格。学校の成績が良かったので楽勝でした。

一応、大学生活を楽しもうと頑張るが、1年半年で息切れ。
サークルでDQNな感じでリア充爆発しようと思ったのだが、自分に合わなかった。
そもそも小中高帰宅部だったから、馴染めるハズがないと気づくのが遅かった。

結局仲の良かった小・中学生の頃の友達と遊ぶ日々。ヲタクからチャラチャラした奴まで友達の幅が広かった・・・。

 

そこで出会ったのがスロット。北斗、吉宗、南国育ち4号機最盛期。一瞬でハマり、毎日朝一から並ぶ優等生に秒速で進化。中野界隈でノリ打ちして稼いだ。
月収は40万に達し、ATMへの入金が忙しかった。中野ゴードンの島唄で25万負けたのと、中野ジパングのイベント時にキングオブマウスで1万6千枚(32万)買ったのが上下の最大風速。
(キュインキュイン音が鳴るだけで幸せになれた大学時代)

こうして、大学は友達作りのために行けと親に言われたのにも関わらず、出来た友達はニートと中退組。またしても東京カースト最下層民。

スロットに明け暮れていたぼくに無慈悲に訪れた就職活動

そのころちょうど友達に勧められた本「アドベンチャーライフ 愛する人と自由な人生を」に完全に感化され、将来は世界一周して、その後は起業してお金を稼ごうと決意。

それと同時に友達に連れられて初の海外旅行(カナダ)を経験した。

英語が全くわからず、悔しい思いをした日々。だけど自分の知らない世界がこんなにもあるんだと気付けた人生の中でもっとも貴重な体験。

就職活動

「東京勤務」「高給取り」「営業またはコンサル採用」をターゲットにし、就職活動を本格的に行う。
「東京勤務」=友達と離れるのが嫌だった
「高給取り」=世界一周のお金を貯める
「営業またはコンサル」=将来独立したときに必要なスキル

という単純な理由だ。

大企業だけを給与ランキングから見て就活するなんてナンセンスだ!という就活課のアドバイスをフルシカトし、60社受けて内定獲得。東京に本社を構える大企業に入社。仕事は営業。入社1年目~3年目までは本社勤務ではなく、子会社に出向させられた。

 

これが、よくなかった・・・。

社畜時代

(週末の飲み会だけがストレスの発散場所だった会社員時代)

残業時間月平均150時間立派な社畜の仲間入り
元々3年間お金を貯めてスキルを磨いて辞めようと思っていたので、それだけを心の支えとして働いた。人間ゴールが見えていれば走り続けることができるのだ。
営業に関する基本スキルを学べたのはありがたかったのだが、パワハラとサービス残業だけはどーしても許せなかった。

パワハラとイジメの原因は給与格差。本社から出向組のぼくは子会社の先輩方より給与が多かったのである。もちろんこれをよく思う人なんて1人もいない。

「給与泥棒」と言われ続け、先輩から給与明細を見せろと恫喝される日々。
(本社の意向で給与開示は禁止だった)

さらには・・・

先輩にパチンコ屋に呼び出され、カツアゲされ、
先輩がお客さんから引き受けた産業廃棄物を川へ捨てて来いと無理やり夜中に呼び出されたり、
飲み会では3年間、最年少だった自分がいつもお金を集める係で、会費を集める前にバックレられたり
クソ上司から人格否定の詰めを毎朝全員の前で見せしめをくらったり

ここには書ききれないほど、ブラックな企業で、鬱病になった同期は数知れず。

自殺してもいいかなぁ・・・と、プラットフォームから電車を眺めてた回数は1度ではない。3年働いた後、会社を訴えてサビ残を半額分ゲットし、退社。飯田橋にあった労働基準監督署から前代未聞の金額だとお褒めの言葉をもらう。その後、会社へは業務監査が入った。日経にもドドン!!と、載った。元上司は地方に飛ばされた。正義の鉄槌だよ。

 

歌舞伎町ホスト時代

会社を辞めるのが決まって、中野の新井薬師公園で花見をしていたところ、
地元の友達から、一緒にホストをやってナンバーワンを目指さないかと誘われた。

ちょうどもう少しお金を貯めたいなぁ~と、思っていたこともあり即答でOKを出す。
行き先は歌舞伎町。

ここらへんからぼくのアウトローな人生が開幕した。ホストになるのは、人生訳ありの奴が圧倒的大多数だった。関東連合あがりの人たちと血の気の多い怒涛の日々を過ごす。歌舞伎町周辺でナンパの日々。指名客を見つけるのがこんなにつらいとは思わなかった・・・。

働き始めて3ヶ月経過した頃からなんとなく指名をとるコツを掴み始めた。

毎日、テンプレート形式のおはようメールを全員に送付したり、

可愛い子、ブサイクな子、お金なさそうな子、とにかく全員に優しくした。

商品は自分。お客さんが何を求めてホストクラブに高い金を出して来ているかを考えに考えぬいた。

(ひたすらメールを送りまくって、飲みまくったホスト時代。タバコは1日3箱消費)

 

求められているだろう役割に徹した。

気が付くと入店3ヶ月目でナンバーワンになった。ホストのコマーシャルや看板にも自分の顔がのり、なんでも考えぬいて努力してやれば結果が出ることを再確認する。
この時の月収は80万円~90万円。(左下のグラスを注いでいるのがぼく)しかし、毎日1000通近くのメールをさばくのとお酒を飲む生活に嫌気がさしていた。
結局7ヶ月目でやめた。なかなかやめさせてもらえず、結局飛んでしまった。(翌日から連絡なしで出勤しないこと)探偵に探される日々を過ごしながら、都内のマンションで4ヶ月引きこもり生活をした。

ワーキングホリデー&世界一周

そしてついに、世界一周を心に決めた。世界一周には少しだけ英語がしゃべれた方が良いだろうと思い、ワーキングホリデービザを取得し、1カ国目、オーストラリアに旅立つ。

海外で仕事がしたかった夢が叶う。
奇跡的にホワイトカラーの仕事を手に入れ、彼女もでき(現在の嫁)、順風満帆な1年のオーストラリア生活が終わり、世界一周の旅に出始める。

東南アジアを旅した後、問題はインドで起こった。
なんと、うっかり、電車の中で睡眠薬を盛られ身包みを剥がされてしまったのだ。

(1文無しだったけど、入れさせてもらえたタージ・マハル)

 

パスポートもお金もない中、ホテルをまわりにまわった。もちろんスカンピンのぼくは門前払い。
しかし、デリにあるホテルで、食事と宿のエクスチェンジで働かせてくれることに。

無一文でホテルで働きながらパスポートとクレジットカードを再発行し、インドを出国。
世の中すべて失っても気合いがあればなんとかなると知った。

イギリスへ3ヶ月滞在の後 更にヨーロッパ中を旅行し45カ国に達したところで、帰国。

帰国後、目黒に本社がある外資系企業(Amazon)に面接を受けにいったところ偶然受かってしまい、
改めてサラリーマンとして働き始めた。
そこで、MBAを保持している上司のパフォーマンスに感銘を受け、海外の大学院に進学したいという気持ちが高まった。5ヶ月その会社に勤務した後、フィリピンに語学留学+カナダへ留学することにした。

1年間半おもいっきり勉強して、受かった大学に入ろうと思い、勉強しまくった。
しかし、学力が入学レベルに達したときに、お金の壁にぶちあたった
トップMBAを取得するには2000万程度のお金が必要という事に愕然とした。

カナダで台湾人の彼女とこれからどうしよっかと話をしていた。(大学進学の話を含む)
その中で、結婚というワードが出た。一緒に台湾に住むのも面白いと思い、結婚に踏み切る

 

台湾移住

台湾の方が他の先進国に比べて、ビジネスチャンスは多いだろうし、本気だせば2000万円くらいなんとかなるだろうという軽い気持ちだった。

しかし、中国語がしゃべれない上に、嫁の故郷(限界集落)に住んでいるので仕事がない・・・。
幸い英語ができたためなんとか在宅の翻訳の仕事にありつけることができた。

それと同時に農業の会社を立ち上げるが、赤字の連続かつ農業に情熱がないことに気づき、1年でビジネスをたたむ。

現在はツイッター、ブログでお金を稼ぐためのサロンの運営に力を入れている。

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これからは「海外に出る若者を応援する」ことに注力し、関係パートナーと一緒に若者の海外進出を全力で応援していきます。

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